真冬はホットミルクに蜂蜜を溶かして飲むのが最高なのだと、勧められるままに私の前にそれが出された。

白い、乳白色の陶器製のマグカップ。

黄金の飴色はもう完全に熱いミルクの中で溶けた後だった。

「悪いな」

「いいっていいって。んなことぁ気にすんなよ。寒い冬にゃ暖ったかいもんが一番だ」
いつもと変わらない、あのへろんとした呑気さでヒューズが答える。

浅い溜め息。

コトリ、と、マグカップがテーブルの上で静かな音を立てる。僅かに私は瞳を伏せる。

しばし、互いに無言だった。

暖かい彼の屋敷の中に訪れる、柔らかな、沈黙の時間。

それはまるで夢心地のようでもあったが、結局の所私の中では
「下らん」という内心でまとまった。

そう。夢など朝が必ず訪れるこの世には無縁。

「いい大人が」とでも評したい所だ。

人は誰でも夢を求め、夢を信じてはそれを生きる糧にする。
だが、人が誰か他人の生き様に触れただけで簡単に「絶望」を覚えてしまうこの世界で、本当の夢など、あるのだろうか。

考えた所で、結局それは答えのない暗黒の闇。
夢など、「夢」という人間が作り出した、ただの意味のない言葉に過ぎん。

私は、自分にそう言い聞かせてきたつもりだ。だから目の前で彼が何か言葉を口にしても、ほとんど真剣に聞き入れる気などない。
何か言った気がする。

何かを、ただ勝手にヒューズが言い、「ああ勝手にしろ」と暗黙のうちに適当に合わせて時間をやり過ごす。
彼と会う時は、大抵、そんな感じだ。
そのはずだった。今日も。

「どうせ、いつかは邪魔になっちまうんだろ? オレのことも」

私の前に腰を落としたヒューズが、いつしかその言葉を口にした。
十分に温もったはずの身体の芯に、不意に悪寒が走った。
ざっ、と。無言の、脅迫を突き付けられた。

「.........私は」

こんなシチュエーションに限って、返答に困る事を聞くな。この馬鹿者が。

「何故そんな事が気になる」

微妙に私の中で何かが。

例えるなら身体の中に埋まった黒曜石の時秒針が、それまで一定に存在したはずの光景を乱した。

「そりゃ確かに、別にオレが気にしようがしまいがどうだっていい事なんだけどよぉ。ただなぁ、せっかく入れてやったのにお前があんまりウマそうに飲まねぇからなぁ」

「ああ。すまなかった。まだまだ、私も礼儀という物が足りないな」

そうか、と、私は気付く。
私は、彼に無礼な態度を取ってしまった。ただ、それだけだったのだ。
私が今何を思っているか、何を考えているか。それは彼には届かない。

それは丁度、手前に出されたこのホットミルクを「上手いと思うか不味いと思うかは、本当の所誰にも正しい答えが出ない」のと同じ、なのだろう。

「結構いい味だな」

私がその言葉をようやく口にすると、ヒューズはすっかり上機嫌だった。

「な! ウマイだろ。また、今日みたいにお前がオレの家に来たらコイツを入れてやる。だから何かあったらまた来いよ」
いつでも歓迎してやるぞとヒューズは言い、

「ああ」

と、私は言った。

それは叶わない、けれども人であるならば誰にでも必ず訪れる約束の言葉。なのに、今の私は無性に夢心地だった。

きっとそうだ。
それを互いが交わす、丁度その寸前に。
僅かに溶け残った琥珀色のゼリー状の破片。全て消えたはずのそれがただ甘く、口の中をすうっと蕩けるように溶かしていった。

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